第10回 アスリートが目指すべき本質(バンクーバー五輪) 2010年03月11日

バンクーバー(写真提供:メープルファンツアーズ)
バンクーバーオリンピックが閉幕した。
普段、見ることが少ない競技をじっくり観られる絶好の機会だった。しかも、そこでくり広げられる技術・戦術・メンタリティーにはハイレベルなものがあるから、新鮮であり、感じることも多かった。
男子フィギュアで銅メダルを獲った高橋大輔がSPの演技を終えた時の姿や女子フィギュアでゴールドメダルに輝いたキムヨナの演技終了後の涙にはアスリートとしてのあるべき姿を見たものである。
全力を出し切った爽快感とでもいおうか。
冬の五輪には採点競技が多い。
人と勝負するといっても、それはあくまで自らがすべてを出し切ってから生まれることで、フィギュアに関して言えば、失敗なく終わることが大前提に必要である。フリースタイルのモーグルもスピードも必要だが、エアーでの演技力も加味されるから、自分がどれだけのことを出し切れるかが重要になってくる。採点競技ではないスピードスケートにしても、一斉に走って順番を決めるのではなく、トータルのタイムを競う。自分がいかにベストな走りができるかですべてが決まる。世界ランキング1位の選手が転んだからといって、金メダルを獲るチャンスに恵まれるわけではないのだ。

バンクーバー(写真提供:メープルファンツアーズ)
今回で4度目の五輪となった女子モーグルの上村愛子は自身の競技が終わって2位だった。そのあと4人が競技をし、結果が決まるということになっていたが、大会後のいろんな報道をとうして上村は「他の選手が失敗を願う」ことではなかったと当時の心境を語ったという。負け惜しみではない、彼女は4年前のトリノ五輪の時にも、同じような趣旨のコメントを漏らしていた。
上村愛子は
勝ちたいのは自分だけではないということも、
勝つために一生けん命に努力していきたのも自分だけではない、
と知っている。
自分がそうであるように、誰もが五輪のメダルに憧れて必死に練習し、この大会を迎えている。その舞台で人の失敗を願うことこそ、アスリートの精神に反すると思っているのではないだろうか。
彼女らのそうしたスポーツマンシップに触れると、どうしても、普段見ている高校野球と重ね合わせたくなる。
ここ数年の高校野球は勝利至上主義に走っている。勝利を追い求めることは決して悪いことではないが、その中で起きる、相手チームのミスに対しても、手を叩きすぎるように思うのだ。18歳以下の高校生にそこまでを求めるのは酷かもしれないが、せめて、指導者や保護者だけでも、その手を叩くのをやめてくれないかと思うのである。
第5回のコラムで桜井高を取り上げさせていただいた時、多くの方から賛否両論をいただいた。敵チームの好プレーに手を叩き、自チームの勝利に必要以上に喜ばない彼らの姿勢に、「試合に勝って、喜びを抑えるのはどうなのかと思う」という意見などがあった。僕はそうした意見に反論しようとは思わないし、あってもおかしくない意見だと思う。それができた桜井に凄味を感じる部分もあるのだが、ヒットに喜ぶのも、勝利に喜ぶのも、それは努力の結晶だから、そうしたものには権利としてあっていいとは思う。
ただ、だからこそ、こういう想いもするのだ
勝利やヒットに喜ぶ権利を感じるのならば、相手のミスは努力の結晶ではないのだから、喜ぶことではないという発想を持ってもいいのではないか、と。

バンクーバー(写真提供:メープルファンツアーズ)
自分たちが一生懸命にプレーをし、最高のパフォーマンスができたなら、そこに喜ぶ。アスリートが目指すところの本質は勝つために対人のミスを願うということではない、そういう気がするのだ。
「スポーツは結果がすべて」と人はいう。しかし、僕はそうは思わない。もちろん、結果を出すために、その場のプレーに全力を尽くす。練習では必死に努力する。結果を気にしないといっているのではない。ただ、その時に出る結果というものだけが人生を左右するとは思えないのだ。高校3年の夏に、甲子園に行けないという結果はその当時では悔しいものかもしれないが、それは人生すべてではない。あくまで、高校3年夏の時点ではという程度の結果でしかないと思う。
大事なことは結果ではなくて、3年間、勝利をするために努力することであり、最後の最後に、その力を発揮することなのだ。それが出し尽くせたら、それでよいのではないか。そこに重きを置くことがスポーツをとうしての良い人間を作るのではないだろうか。
上村愛子は4位と分かった後のインタビューで「なんで1段1段なんだろう」とコメントし、ファンの心に響かせた。しかし、だからといって、彼女が悲劇のヒロインのようには見えず、むしろ清々しく映ったのは、力を出し尽くしたアスリートの美しい姿があったからだろう。
高橋大輔がSPを終えた時の激しいガッツポーズ、キムヨナの涙にも、上村同様の全力を出し尽くしたものにしかできない。格別の喜びがあったように思えた。
アスリートが目指すべき本質はここにある。
バンクーバー五輪を終えて、いよいよ、野球シーズンが到来しようという今、そのことが頭を離れない。
- 氏原 英明
- 生年月日:1977年
- 出身地:ブラジルサンパウロで生まれる
- ■ 高校時代から記者志望で、新聞記者になるのが将来の夢だった。
- ■ アトランタ五輪後に、スポーツライターに方向転換。
- ■ 大学を卒業後、地元新聞社に所属。
- ■ その後スポーツ記者として、インターハイなど全国大会の取材も経験させてもらい、数々の署名記事を書く。
- ■ 03年に退社。フリー活動を開始。
週間ベースボール、ベースボールクリニック(ベースボールマガジン社)、アマチュア野球(日刊スポーツ出版社)ホームラン(廣済堂出版)、Number(文藝春秋)、Sportiva(集英社) などに寄稿。フリーライターとしての地位を固める。
- ■ ブログ 「 ~心で書く!~氏原英明公式ブログ 」
















