検証甲子園


2010年07月28日 佐藤薬品スタジアム  

天理vs智弁学園

2010年夏の大会 第92回奈良大会 決勝



歓喜の瞬間(天理)

天理圧勝の要因

 13年ぶりに決勝での対戦が実現した、天理VS智辯学園の黄金カード。春季大会では延長再試合の末に、天理智辯学園に17-2で圧勝。両チームの力関係からして、県内無敗の天理智辯学園が向かっていくという構図だったのだが、試合開始前の興味は、ほぼ1回の攻防にあったと言っていい。

 試合前、ネットの裏の奈良県高野連関係者との会話では、その話題ばかりだった。
智辯学園が(ジャンケンに)勝って後攻を取ったらしい。なんで、天理に、先、攻めさせるんや」。

 今年の天理智辯学園のスタイルは真逆だ。
天理が打を中心とした攻撃型のチームなら、智辯学園は投手を中心とした守備的なチーム。守備が得意なチームが初回に守るという選択肢は間違っていないが、今年のチーム力の差を考えると、先に攻めさせるのは得策ではない。

個人的には、力の劣るチームは先に攻めるべきだと常に思っている。初回から受けに回るのではなく、先に攻めて行く。そこで何かを起こす、もしくは、チャレンジャー精神を持って臨んでいく。そうすることで、リズムが作れると思うからだ。

たとえば、こんな話がある。
和歌山県の王者・智弁和歌山は甲子園でも地区大会でも、ジャンケンに勝てば、先攻を取るようにしている。攻撃型のチームだから、先に攻めたいそうだ。対戦相手からしても、初回、身体の動いていない状態から強打の智弁和歌山打線を前にするというのは、そうとうキツイだろう。ただ、こんなこともある。智弁和歌山・高嶋監督の証言である。「うちは先攻をとるようにしとるんやけど、うちが県大会で負ける時は、後攻のとき。いつもと違うからしっくりこんのかもしれん。和歌山ではそれをみんな分かっているから、智弁とやるときは、相手はみんな先攻を取るんですよ」。

試合開始早々、智弁和歌山打線を目の前にするのは、どのチームも嫌なのだろう。そう考えていくと、挑戦者的立場のチームは先攻を取るべきだと思ってしまう。
今日の試合、智辯学園はジャンケンに勝って後攻をとった。その理由は「うちは守備のチームなので、守ってリズムをつけたいから」と智辯学園の主将・稲垣は説明する。一方、ジャンケンに負けた天理だが、安田主将は「僕、個人としては、攻撃が好きなので、先に攻めたいと思っているんですけど、チームとしては後攻を取りたい。まぁ、今日は(ジャンケンに)負けてしまったんで、先攻となったんですけど、先攻と決まってからは、みんなで初回から攻めて行くぞっていう雰囲気にはなりました」。

県内無敗の王者・天理、受けて立つはずのチームがチャレンジャーのように、初回から立ち向かっていくのだ。この構図は考えただけでも恐ろしい。試合前、高野連関係者との会話でそういう話題になったのは、「初回で試合が決まってしまうかもしれない」という懸念だったのだ。

 プレイボール。天理の先頭・井上は初球を打って右翼フライ。確かに凡打だが、初球を打ったところに、天理がこの初回にどれだけ良い入りをしているか、見てとれる。2死後、3番・中村が左翼前安打で出塁すると、4番・安田も続いて1、2塁。そして、5番・内野が右翼超え適時二塁打を放ち、2点を先制。死球を挟んで、7番・亀澤が三塁を強襲する適時二塁打を放つと、さらに2点が入った。

 王者・天理が、いきなりの4点を奪ったのだ。高校に入って初の連投となった天理のエース・沼田にとっても大きかっただろうし、今大会、天理の守備が崩れることが多かったことを考えても、この4点は天理に試合を優位に進めさせた。

智辯学園はその裏に、走者一人を出すも、後続が打ち取られ無得点。
試合の流れは完全に天理になった。さらに、天理は2回表に中村の適時二塁打で1点、3回表には智辯学園の守備のミスに乗じて1点。序盤を6-0で折り返したのだ。

こうなってくると、智辯学園としては苦しい。もともと、爆発力のある打撃で勝ち上がってきたわけではない。堅く守り、つないで得点を挙げていくチーム。6点もビハインドがあったのでは、攻め手も苦しいものになる。5回裏、智辯学園は先頭の上野山がチーム初安打を放つが、7番・住谷のところで、エンドランを試みるも、これを天理バッテリーがウェスト。せっかくの反撃のチャンスも、攻め手が限られるから、読まれてしまったのだ。

6回に1点を挙げた天理は7回に4点、8回に2点、9回にも1点を挙げ、計14得点で試合を決めた。終盤、天理の先発・沼田は連投からの疲れも見せていたが、あまりにも開いた点差に、余裕を持って投げていた。

 天理・安田主将は「初回から自分たちの攻める野球ができた」と言い、智辯学園の主将・稲垣は「初回に行かれたせいで、リズムを作れなかった」と振り返っている。もし、智辯学園が先攻を取っていたら、違う結果になっていたと、思っているわけではない。しかし、メンタル面を考えると、挑戦者の智辯学園が先に攻めていく方が少しの勝機が広がったのではないかと思っている。ましてや、今大会、天理の守備は不安定だった。初回に守備のリズムを崩す攻撃をしかけられれば、天理の攻撃のリズムを崩せたはずである。智辯学園はスモールベースボールを得意としているのだから、なおさらである。

かくして結果は、想像以上の点差が離れてしまった。ただ、先攻・後攻の選び方に限らず、そこに天理の迫力満点の攻撃力があったのも忘れてはいけない。

この大会での天理の強さは大きく二つあると、僕は思っている。
一つは走塁面で、もう一つは、過剰なパフォーマンスを取らなかった落ち着きである。

走塁面から話をすると、天理打線の走力はさほど高いものではない。ストップウォッチで計っていても、早いタイムを計測するのは岩崎くらいだ。彼らのよさは、その判断力である。
たとえば、今日の試合ではこんなことがあった。7回表、1死・1、3塁で、一塁走者の長谷川は、7番・亀澤への3球目がショートバウンドになると、スタートを切った。智辯学園の捕手・稲垣はもちろん投げられなかった。この場面を長谷川はこう解説する。
「試合中、ショートバウンドした時のキャッチャーの体勢を見ていたら、ひざをついているのが分かった。そこから立ち上がるのに時間がかかるように見えたので、行けると思ったんです。この時は、1、3塁でしたし、悪送球するのが怖い。だから、思い切って走りました。僕は足が速くないんで、いつもそういった走塁を心がけているんです」長谷川の走塁に限らず、今大会では随所に天理の走塁が光っていた。1回表の2死・1、2塁からの長打で二人が還ったし、6回表も2死から中前安打で二塁から生還している。1回表の1塁走者は安田で6回表の場面は二走が亀澤という、一塁到達が5秒台寸前の決して足の速くない二人である。これは判断力のたまものだろう。
「一歩目のスタートを早く切るとか、この場面は行けるとか、練習試合で試してきましたし、試合が終わったあとでのミーティングでもそういう話はしてきました」と安田は話している。

そして、過剰なアクションが減った天理についてだが、先制の場面で、安田らに喜んだ表情は見えたが、ガッツポーズはなかった。内野が今大会の初本塁打を放ってもガッツポーズをしたわけではなく、静かにダイヤモンドを回った。中村も、亀澤も、春季大会の智弁学園戦で逆転満塁本塁打を放った時、右手を高々と上げた岩崎も、一度もガッツポーズを作らなかった。理由はあるのか。
安田は苦笑いをしながら、こう話した。
「それは、監督からずっと言われてきました。『お前らは、喜んで調子に乗るから、いつも試合をひっくり返されるんだ』って。ゲームセットの最後まで集中するようになりました」。
彼らのそうした姿勢から感じるのは、天理ナインのメンタルが常に落ちついていると思えたところである。森川監督は言う。
「あいつらが喜んだときって、心に隙ができるんですよね。センバツでも近畿大会でもそうだった。その話を何回もして、あいつらは分かるようになったんじゃないかな。それに、少しくらい喜ぶのはいいと思うけど、派手なガッツポーズは相手に失礼でしょ」。

受けて立つはずの天理が先に攻めて4点を奪い、得点を取っても過剰に喜ばず落ち着いて戦った。そして、随所に光った走塁。14-1という記録的圧勝の陰には、そうした天理の強さがあった。

(文=氏原 英明


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